イーマ・サウンドセラピーの効果(癌の母でビックリしたこと)
こんにちは、広島県福山市でイーマ・サウンドセラピーをおこなっているかなこです。
今回の記事は、私の実母が癌の再発でイーマ・サウンドⓇの創始者・松下幸訓先生のセラピーを受けた時の体験談です。
私は、イーマ・サウンドセラピーで体の変化があってもあまり公には発信しないようにしています。医療・治療行為だと誤解をまねかないためです。
ですが、今回、ビックリしたことがあったので、「体験談」ということで書くことにしました。
母の癌の経緯
母は3年前に尿管癌を患い、癌の部分を切除する手術をし、その後、膀胱や肺に転移がみつかり、抗ガン剤治療をおこないました。
そしてひとまず癌は消え、経過観察となりました。
それが、昨年初夏に骨盤内リンパ節転移が見つかり、医師から抗がん剤治療を勧められました。高齢ということもあってか「前回抗がん剤が効いたようだったから、今回もやってみたらどうだろう」というくらいの、軽く勧める感じでした。
母は前回の抗がん剤治療では、副作用はそれほどなかったのですが、それでも体力と筋力がどっと落ちたのを実感していたので、抗ガン剤治療はお断りして経過観察することに決めました。年齢も年齢ですし、場合によっては抗がん剤治療で寿命を縮めることもあるので、それよりは自然にまかせることを選んだのです。
しばらくは何事もなく過ごしていたのですが、秋ごろから臀部に違和感を感じるようになり、だんだんと痛みに変わっていきました。癌が大きくなって神経を圧迫しているとのことでした。
痛み止めの服用を開始したのですが、だんだん用量が増えていき、医師から「抗がん剤治療はしたくないとのことなので、放射線治療を受けてみてはどうですか?痛みが和らぐこともありますから」と勧められ、この頃は母も「この痛みを取るためなら、なんでもしてください!」となっていたので、受けることにしました。
そして、放射線の量と日数を決めるために放射線治療科を受診しました。(元々は泌尿器科)
そこの医師は受診前にあらかじめ放射線量と日数を決めてくれていたようですが、診察室で母と話をして「なんだか元気そうですねぇ!これならもうちょっと頑張れそうですね」と微笑んで、放射線を当てる日数と総量を増やされました。
確か3日追加されて、放射線総量は45グレイでした。
そして、いざ受け始めると、すごい副作用でした。
ひどい吐き気(実際に嘔吐も)、食欲不振、下痢、倦怠感…。起き上がることもつらくなりました。
それでも毎日(土日祝などの病院の休みを除いて)通院して放射線治療を受けなければなりません。
私は「こんなに副作用が出ても治療の日数を減らしたりしないのね」と思いました。病院から帰るやいなやベッドになだれ込む母を見て、「放射線総量を増やされたのは良かったのだろうか」「このヒト、変に外ヅラがいいから元気そうに見えちゃって、増やされて…。もうちょっとおとなしくふるまった方が良かったんじゃないの?」と色々考えました。また、「これだったら抗がん剤の方が副作用が少なかった」とも思いました。
この時期は、母はこのまま逝ってしまうのではないかと心配でした。
治療に半分くらい通ったところで、松下先生のセラピーを受ける日が来ました。
セラピーの日程が決まったのは放射線治療を受ける前だったので、あらかじめ治療のお休みをもらっていました。昔は、放射線治療は原則として休まずに続けて通わなければいけなかったそうですが、コロナ以降は緩くなったとのことでした。コロナにかかったら治療に来れませんものね。そのおかげで快くお休みを頂けて、「コロナもあちこちに恩恵を残してるよね」と思いました。
松下先生のセラピー
(松下先生)
松下先生には、福山まで出張セラピーに来ていただきました。
前日まで母は「セッション場所まで行けるかな、どうかな」と言っていました。かなり弱っていて、歩くのも休み休みです。
当日なんとか行くことができ、松下先生のセラピーを受けることができました。
セラピーが終了して母を迎えに行くと、なんと足元が少ししっかりしているように見えます。
松下先生の秘書の方も「お母さま、セラピーの途中でトイレに行かれたのですが、その時に、もう歩く感じが変わっておられましたよ」と。
迎えには行ったものの、今度は私が松下先生のセラピーを受ける番だったので、一緒に付き添って帰ることはできません。付き添えるのはタクシー乗り場までです。
セラピー場所からタクシー乗り場まで割と距離があり、いつもの母なら途中で一休みが必要なくらいですが、それを休みなしで歩ききることができました。やはり、足取りが少ししっかりしています。「え?すごいじゃん」と、ここで少しびっくりしました。
タクシーの中で気分が悪くなったりしなければいいけど…と心配でしたが、「これなら大丈夫そう」と思えました。
そして、松下先生から聞いたのが「お母さん、来られた時は癌の人特有の匂いがしていたよ。でも、セラピー中に消えたよ」と。
犬が癌の人の匂いがわかるのは聞いたことありましたが、先生にもわかるとは!しかも、セラピー中に消えたとは!
前々から「松下先生すごい!イーマ・サウンドセラピーすごい!」と感じていましたが、改めて感動しました。
セラピーの日の夜
セラピー後は岩塩体操や音転写水を使った入浴などで体を整えていくのですが、この日の母は遠出した疲れもあって、ぐったりなってしまい、何もできませんでした。
セラピー後に足元がしっかりした自覚はあるのか尋ねたら、「そうかな…」という返事でした。「いや、いつもはあれくらいの距離だったら、休まないと、一気に歩けないじゃん?」と言うと、「まあ歩けたなぁ」という返事で、本人はあまり感動的ではなかったようでした。
セラピーの次の日
放射線治療はあと半分ほど残っています。通院も再開されましたが、やはり元気が回復しているように見えます。足取りも明らかに昨日までとは違ってスムーズなのです。
そしていつもなら病院の駐車場から玄関まで行ったところで一旦イスに座って休む必要があったのですが、その日は病院の受付まで休まずに行けたのです。
母に「やっぱり元気になってるよね!」と言うと「そうじゃな」と。やっと自分でも感じる余裕が出てきたようで、気分も割と良さそうです。
その日の夜、「お腹バランス」といって、セラピーでいただいた音転写水をお風呂で湯船に入れてお腹をさする方法があるのですが、母にそれをやってもらいました。
すると、お風呂から上がって1時間くらい経った頃でしょうか、母がトイレに行きました。私は近くの部屋にいたのですが、トイレから”べちゃべちゃべちゃっ!”という音が聞こえてくるではないですか。生々しい話しですみませんが、大量の水が便器(便器の水たまりのところ?)に落ちて当たっているような音で、私は母が嘔吐しているのかと思いました。それと同時に、大量のガスが放出される大きな音も聞こえます。
いくらおばあちゃんで恥じらいがないとはいえ、母のそのような豪快な音は聞いたことがありません。というか、出そうと思って出せる音ではありません。
「え?吐いてる?いや、違うか。下痢?なになに?」と、ビックリしていました。
トイレから出た母が「まぁ~~!お母さんビックリしたわ!こんなの生まれて初めて!」と。今まで見たこともないくらいの大量の便が出たそうです。
84歳の「生まれて初めて」は、20歳のそれとは重みが違います。
私に見せずに母はブツを流してしまったのですが、よっぽどすごかったんだろうな、というのは伝わってきました。「流れるかどうか、ちょっと心配になった」とも言っていました。
普通の下痢ならトイレの前に少しお腹が痛かったり、緩い感じがあると思いますが、そういうことは一切なく、普通にトイレに行きたくなって行っただけ、とのことでした。「それがあんなことになって!」と心底ビックリしていました。
元々あった宿便や、もしかしたら放射線治療で傷んだ腸壁などが出てきた?のかどうかはわかりませんが、とにかく悪いものが出ていったのは間違いありません。
その後
残り半分の放射線治療を受けていくうちに、母はまた体調が悪くなっていきました。食欲不振、悪心、倦怠感がだんだんと強くなっていき、またぐったりしていきました。
ですが、なんとか耐えることができ、治療を終えることができました。
食欲は治療が終了して10日~2週間くらいで元に戻りました。
脚の筋肉はかなり衰えてしまいました。1か月以上、1日のほとんどをベッドに横になって過ごしたので、仕方ないです。高齢者の筋肉は一度落ちてしまうと、元に戻すのは難しいです。ですが、しばらく足元がふらついていましたが、前と同じようにとはいきませんが、少しずつ畑仕事もできるようになりました。
放射線治療を受ける動機となった痛みですが、全くなくなりました。1日3回飲んでいた痛み止めはきっちり8時間で効果が切れていたのですが、だんだんと「あ、8時間以上過ぎてた」と、効く時間が伸びていき、治療が終わって2週間ほど経った頃には全く飲まなくてもよくなりました。
あの時、松下先生のセラピーで一度回復したおかげで、どん底まで体力が落ちずに済んだのだと思います。もしも松下先生のセラピーを受けていなかったら、ここまで回復できていたかもわかりません。
松下先生とイーマ・サウンドセラピーには、本当に感謝しています。そして、今回改めてすごいセラピーだと再認識しました。
という私の体験談でした。最後まで読んで下さり、どうもありがとうございます。
<広島県福山市でイーマ・サウンドセラピーの対面セッションをおこなっています>
